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真壁華夜がその日・その時感じたことや考えたことの整理或いは備忘録的に使われることもあれば萌えメモとして使われることもあるし、日常の愚痴をこぼしていることもあるかと思います。基本的に偏屈な管理人sが綴っているのでその辺を許容できる人向け。反感買いそうなものは裏日記に書くようにしています。
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2009/05/18 (Mon) 02:47:54
●今晩和、真壁です。
 GENOウイルス対策ということで暫く更新はブログを活用して行こうと思います。
 小説は畳んであるので開いて御覧下さい。



●この小説はですね。
 某方の日記絵拝見してどうにも堪らんくて…書いたシロモノでございます。
 インスパイアされちゃったのですよ…もうほんと堪らんの!

 献上という名の押し付けですね。
 ほんと…堪らんかったのですよ、もう。



---------------------------------


「この傘くらいの役には立つよ」
 開いた傘を中禅寺に差し掛けて、独り言をこぼすように郷嶋は云った。
 今の自分に出来るのは精精その程度だろう。大概人が善いと自分でも呆れるが、だからと云って放っておける程この男は強くない筈だ。
 降り頻るこの雨を如何することも出来ないように、自分はこの男に降る雨を如何してやることも出来ないけれど。
 傘を差し掛けるように束の間の雨宿りくらいはさせてやれる――と、思う。
「……いいから、僕に構わないでくれ」 
 まだ強がりを口にする余裕は残っていたらしい。
 だが、それも――時間の問題だ。
「先が見えないのに意地を張ったところであんたの方が先に潰れちゃ何にもならないだろうが」
「それこそ、余計なお世話だよ」
 意地を張り続けようとする、頑なな男の窶れた躯を少し強引に引き寄せた。
「全部、雨ってことにしておけばいいだろ」
 後頭部を軽く二度叩くと、箍が緩んだように小さく肩が震えて襯衣が僅かに濡れる。
 止まない雨が二重に降る。
 不毛な戦争が着実に、人の心を蝕んでいるのを唐突に実感した。

【雨の仮面】

 武蔵野の森の奥深くには公式には存在しない場所がある。
 
帝国陸軍第十二研究所。
 秘密裏な研究と実験が行われている其処は、職員同士の繋がりも皆無に等しく必要最低限の人間関係が築かれ任務が遂行されている。そんな場所に、郷嶋はしばしば足を踏み入れていた。奇縁と云えば奇縁である。
 その場所には――郷嶋が中野学校に配属されることになった原因とも云える男がいた。
 お互い末端であるが故の雑務もあって顔を合わせることも多く、食えない男だが呆れるほどに博識で弁が立つ、謎めいた部分の多い陸軍少尉。
「この、無駄にかかる移動時間が此処の秘密保持の対価といったところか」
 車を下りて空を仰げば鬱蒼とした森の合間から見えるのは灰色に染まった雲ばかり。
「一雨来そうだな」
 湿った風が頬を撫でて行く。
 纏わりつくような空気を切って箱のような建物の中に這入った。擦れ違う職員はなく、何処に誰が居るとも知れぬ沈黙と重低音で響く機会音に出迎えられる。
 すっかり勝手を知ってしまった建物内で最も多く足を踏み入れている場所に今日も足を向けた。
 階段を上り、二階へ。目当ての部屋の扉を二度ノックする。
「這入るよ」
 ドアノブを捻ると抵抗なく扉が開いた。
 小さな軋みを伴って部屋の中に這入る。
「――おい、居るのか?」
 人の気配はなかった。
 実験か何かで別室にいるのかも知れない。
 執務用のデスクに歩み寄って、椅子に腰を下ろして待つことにした。
 室内に視線をめぐらせる。閉塞的なこの建物には、呆れたことに窓がない。
「まったく、何度来ても気詰まりな場所だな…此処は」
 毒吐いて何となく本棚に目を遣ると、研究資料と思しき書物の間に一冊異色な本が目についた。
「……私物?」
 興味を惹かれるままに近付いて手にとって見る。読み込まれているが傷みはない。文芸書のようだが生憎郷嶋の知っている作家のものではなかった。
 そこへ。
 近付いてくる靴音が聞こえて来た。
 ドアが開き。
 蝶番が軋み。
 僅かな空気音とともに扉が閉まる。
 郷嶋は肩越しに振り返った。
 珍しく、人の気配に敏感なあの男が気付かない。それどころかドアに凭れてずるずると座り込み、俯いて荒い呼吸を繰り返していた。
 らくしない。
「おい」
 声を掛けると過剰な反応が帰ってきた。
 まるで――怯えてでもいるかのように大袈裟な驚きと。
「誰だ」
 剥き出しの警戒心。
「大丈夫か? あんた」
 目が合った。
 視線は、郷嶋の顔から手元へと移る。
 一瞬の豹変。
 顔色が変わった。
 さっきまでの様子からは予想も出来ないような俊敏さで、男は郷嶋に駆け寄り彼が手にしていた本を奪うように取り返す。
「勝手に人の部屋に這入り込んだ上、人の物に勝手に手を出すとは無礼にも程があるよ」
「あ、あぁ…悪かったな」
 どうやら大切なものだったらしい。
 奪い返した本の表紙を撫ぜる手は慈しむようでさえあって、本を注視る目は何処か懐かしそうでもあった。
「用もなくこんなところまでやって来られるほど、内務省も暇じゃあないと思うけど」
 本を棚に戻しながら口にらする言葉は何処か空虚だ。
「僕に用があるならさっさと済ませてくれないか」
 生憎、君程暇でも自由でもない。
 棘のある言葉。
 しかし、いつもよりもその棘に冴えがないように思う。
「少し、付き合ってくれないか?」
 何故そんなことを云い出したのか自分でも不思議だった。
「車で?」 
「こんなところまで歩いて来る程の暇はないよ」
「この外なら何処でもいい。そうだな――歩いて捜索する気にならないくらいの距離で」
 曖昧な要求。
 理由を問おうという気は起きなかった。
「解ったよ、それでいい」
 そして箱館を後にして、車に乗り込み十五分程走らせた。
 何処まで走っても、景色は特に変わることはない。
 深い緑が続くばかり。木木の合間からは曇天が切れ切れに顔を見せる。
 少し開けた場所に出たので車を停めた。
「矢っ張り降ってきたか」
 車に乗ってからずっと、無言状態が続いている所為で雨音が響く。
 それを意に介さずに、助手席に乗せていた男は車を降りた。車に積みっ放しになっていた傘を手に取って、郷嶋もその後に続く。
「良かったのか? 無断で出て来て」
「誰が何処に居るかなんて、気に留めている者などあの場所にはいないさ。名前と顔が一致しない人間が未だに何人かいるからね」
「閉鎖的なのは建物だけじゃないらしいな」
 傘は生憎一本しかなかったが、濡れるのが気になるほど激しくもなかったので傘は差さずに雨を浴びた。
 皮肉の心算で口にした科白は、唇の端で嘲笑われて軽く受け流される。
 まだ、そんな顔をする余裕はあるらしい。
 アテがあるわけでもないだろうが歩き出すのでそれに続く。
「――随分、浮かない顔してたな…そう云えば」
「誰がだい?」
「あんたがだよ、中禅寺少尉」
「……その呼び方は止めてくれ」
「肩書きに嫌気でも差したか?」
「余計な詮索は無用だよ、郷嶋君」
 大粒の雨が二人を濡らす。
 場所の所為か――少し肌寒さを感じさせる雨だ。
「何時まで」
 溜息交じりの声が、雨音と跫の合間で切実な響きを紡ぐ。
「何時まで、こんな不毛な状態が続くんだろうね。あんな無為な研究をして、時間と資金を無駄にして、何を得る心算なんだろう」
 あの施設の中で口にして、聞かれでもしたら一大事になりかねないような発言。
「そんなこと、考えたって如何にもならないだろうが」
 無駄だよ。
 聞き流しながらもそれに付き合う。
「そうだね、無駄でしかない。何もかもが無駄だ」
「無駄なんて、戦争の有無に限らず溢れてるもんだろうが」
「違いない」
 笑った、ように見えた。
 郷嶋はそれに危うさを感じる。
 様子が奇妙しい。ひどく、不安定なように思う。
「空は」
 雨音に掻き消されてしまいそうなほど、弱く。
「繋がっているのに」如何して。
 足が止まる。
 追いついて郷嶋は隣に立った。
 紡がれた言の葉。
 悲痛な、という形容詞が脳裏に浮かんだ。
 多分、それはこういう声音を云うのだろう。
「珍しいな」
「……何がだい」
「あんたが、弱音めいた言葉を吐くのが――だよ」
「僕は別に」
「聞こえてないよ」
「何?」
「雨で聞こえないと云ってるんだ」
「…………」
「序に云うと、レンズが濡れて見るのにも不自由しているな」
 本当はこんなことに付き合う理由もないし、それこそ武蔵野へは仕事で来ているのだ。
 個人的にとは云え中禅寺に用があったわけで、今日それが果たせなければまた遠路遥遥こんな武蔵野の奥地にやって来なければならなくなる。それこそ時間と労力も無駄なのだろうけれど。
 放ってもおけない。
 自分でも時時腹が立つが――それが郷嶋の性分だった。
「君に借りを作るのは御免だよ」
「そんなこと云うほど狭量じゃないよ」
 小さく、力なく微笑う気配。
 空を仰いだ横顔を盗み見る。頬を伝い落ちるものは、涙だったのかもしれないし雨だったのかもしれない。雨の仮面が中禅寺の表情を隠す。 
 ひどく、静かだった。
 雨音。
 風に揺さぶられて音を奏でる木木。
 静寂。
 雨の中に立ち尽くす、二人。
「俺じゃあ、あんたに降る雨を止めることはできないんだな」
 口にするだけ無為な独り言。
 如何してやりたいわけでもないけれど、このままにしておくのも忍びなくて。
 考え無しに言葉が口を吐いた。
「余計なお世話だよ」
「解ってるよ」
 苦笑して、相変わらずの反応に少し安堵する。
「失言だな…今のは」
 しかし、表向き見せている態度ほどこの男は多分強くはない。
 薄薄気付いてはいた。本人は認めないだろうけれど。
「忘れてくれ」
 強がりを口に出来るうちは多分、大丈夫なのだろうとは思うけれど。
「本当に、君は――」
 濁された言葉。
 雨脚が少し強くなる。
 傘を開いた。
 中禅寺には、恐らく――自身を支える絶対的な何かがあるのだろう。それが崩れない限り、この男は心配無いのかも知れない。
 漠然と、そんな考えが脳裏に浮かぶ。
 当たらずとも遠からず、と云ったところではないだろうか。

 まぁ、俺には関係ないんだけどな。

 声には出さずに呟いて、郷嶋は小さく自嘲した。
 それは打算でも偽善でもない。
「悪気は無いよ。ただの性分だ」
 己を持て余しているという点ではお互い様だ。
「この傘くらいの役には立つよ」
 開いた傘を中禅寺に差し掛けて、独り言をこぼすように郷嶋は云った。


(了)

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